よしざわたかこ の個人史

生き方・考え方

このブログに足を運んでくださりありがとうございます。

そしてどうせなら、ブログ管理人がどんなやつか知ってもらいたく、移住するまでどんな人生だったのか、個人史的なプロフィールを書きました。

 

よしざわたかこ の プロフィール

私は1981年に生まれ、高校3年生まで島根県に住んでいました。そして東洋大学の教育学科に進学して、4年間を東武東上線沿いで過ごしました。特に何も身につけないで卒業してしまい、ずっと後悔してます。就活はとても苦労しました。目指した業界は「出版業界」。田舎から出てきて、マスコミに憧れるちょっと痛い学生だったな、と悲しくなりますね。でも、当時の私の関心ごとは「女性が一生学び続けて、幸せに生きるにはどうしたらいいか?」でした。これを出版物を通して伝えていきたかったのです。

 

就活は失敗?成功?

私ごときの学生では出版社の採用試験はパスできませんでした。4年生の夏になっても就職先が決まらず、焦る日々でしたが、何となく「どこかに就職できるだろう」という根拠なき自信もありました。そして日々流れてくるメール(当時はどこからか大量に求人情報がメールで届いてた)の中に、とある保険会社の事務職の求人がありました。もう「出版業界」にこだわっていては、フリーターになるのが確実だったので、迷いなく応募。するとサクサクっと内定をもらえました。周りの友達の多くが、アパレルや映像業界などのクリエーターっぽい業界に進んでいく中、おかたい会社に入社するのは、とてもわくわくすることでした。 入社してみると、まるでテレビドラマを見ているかのような、「オフィス」の世界がありました。部長がいて、課長がいて、お局さんがいて・・・。 あまりにそれまでの自分の交友関係と真逆の世界が広がっていて、すっかりはまってしまい約10年働きました。入社にあたり何か目標を立てるべきだと思い、「同期の中で1番に出世する」ことを決めました。そんなモチベーションだったので、とにかく目の前の仕事を吸収、存在をアピールしながら日々を過ごし、それなりにポジションを築けたと思っています。とはいえ、仕事以外の時は、遊び呆けていました。楽しかったな、20代。本当に・・・。

 

20代後半 仕事に悩む

でも、自分のやっている仕事は、この会社かせめて同業他社でしか通用しないスキルだということも理解していました。20代、東京暮らし、止まらない物欲・・・。どうにか収入を上げたいと考えるようになりました。総合職への転籍、転職、投資など色々と考えました。その中で必ず引っかかるのが「専門性のなさ」でした。自己啓発本や勝間和代さんの仕事術の本などを読みあさり、現状突破を目指しました。けれども、総合職への転籍へは長くて険しい、転職活動もうまくいかない、投資もいまいち。やっぱり私は今の仕事で一生やっていくしかないのかな。そう感じていました。

 

31歳で結婚、出産

ここが転機になりました。 もともと「女性が結婚・出産でキャリアを中断させられるのはおかしい」という考えの持ち主。それなのに、いざ妊娠してみると、子どもとできるだけ長い時間を一緒に過ごしたい、という思いが強くなりました。 しかし、東京に住んでいたので、復職するためには0歳児4月に保育園に預けるしかない。しかも 私が勤めていた会社の時短勤務は、9:00〜16:00。どんなに早くても保育所へのお迎えが17:00。この事実に私はどこにも納得できる理由が見つけられませんでした。そして熱が出た、けがをした、など子どものことで早退したり、休んだりすることも多くなる。 それはもう仕方のないことだし、誰だって起こりうること。それなのに育休明けの社員が、与えられた仕事はやりこなしているのに、周囲に「すいません、すいません」と低姿勢でいる姿も気になりました。仕事をさぼっているわけではないし、むしろ限られた時間で超効率よく成果を出しているのに、ダラダラ残業代目当てで働いている社員に謝らないといけないのか。 でも、辞めたら二度と正社員の職はない・・・・・・。 モヤモヤ考える育休となりました。

 

決断の時

私たち夫婦の出した結論は、私が仕事を辞めること。 経済的に苦しくなるのはわかりきったことでした。それでも「今」を優先しました。 でもまた「納得のできる仕事に出会える」という自信もありました。それはこの10年間、人に恥じないように働いてきたから。今度は根拠のある自信を持って、次の一歩に進むことができました。 専業主婦の生活は、良くも悪くも穏やかでした。 穏やかすぎて、性格も顔も丸くなったように思います。一週間のスケジュールをたて、私も娘も飽きないように、一日おきに児童館へ通い、友達もできました。出会う人、出会う人、みなさんとても優しくて、気が利いて、こんな世界もあるんだなーと、それまで野心むき出しでギラついていた私もすっかりキャラ崩壊してしまいました。

 

やっぱり何かしていたい

そんなゆったりとした生活も、もともとギラつく性分がゆえに、何か始めたくなりました。まず始めたのが、WEBメディアのママライター。専業主婦の範疇で、お金をかけずかつ実になることを基準に考えました。ボランティアだったので、報酬はありませんでしたが、未経験の私でも「書く」ことが仕事にできる喜びがとても大きかったです。いくつか記事を書く中で、やっぱり自分の「専門性のなさ」を感じました。もっと人のためになる専門知識に裏打ちされた記事が書けたらな、そう感じてライターは辞めました。 そして長女が1歳半の時に、また新たな決断をしました。 それは「大学で子どもについて学ぶこと(通信課程)」。 とはいえ、「また大学に入り直すなんて!しかも専業主婦の私が」と、その当時は許容しがいたいことなんじゃないかと、なかなか夫に相談できませんでした。1週間たってもやりたい気持ちが消えず、夫に相談をもちかけました。すると二つ返事で「いいじゃん。やりなよ」と背中を押してくれました。そしてさっそく入学願書を出し、2015年4月に再び大学生になりました。この時は、まだ今後の自分の人生をどうするか、考えていませんでした。

 

人生2度目の大学生

社会人を10年経験してからの大学の学びは、本当に骨に染み込むような感覚です。学ぶ課目全てにおいて、目的と学習内容やレポート課題の意図などが読み取れて、身についている実感がついてきます。しかも学問の対象となる子どもは、ちょうど我が子と同じだったり、数年先の姿ということと重なり、実体験も加わったことで学びが加速していきました。あまりにもおもしろくて、毎晩子どもが寝た後に21時~0時まで勉強することが、日々の楽しみになっていきました。 「子どもが幼稚園通いだしたら、保育所で働こう」などと、ぼんやり考え始めていました。 でも、できれば子どもはもう1人産みたい。でもいつ?働きだしてからすぐに妊娠って気まずくない?など、個人の願望と社会のあり方のギャップに、またもやモヤモヤしていました。そして、このまま東京に住んでいると、間違いなく「中学受験はどうするか?」という問題にぶつかることも目に見えていましたし、いつまでたってもモヤモヤし続けるのかな・・・なんだかなあ。

 

移住に向けてカウントダウン

その夏、私が夏の夏期スクーリングという授業に1週間通っていた時。夫から英語で書かれてた求人案内がLINEに届きました。私でもわかりましたが、その求人内容が「これって夫じゃん」と。そう返答すると、「明日Skype面談になったから」と返事がきました。まさかと思いましたが、どんどん選考が進み、シルバーウィークに最終面接と現地視察を兼ねてスウェーデンに行くことになりました。 その間、約1か月。「海外移住」確かに響きはかっこいいし、一度は外国に住んでみたいな、と思ったこともありました。でも、実際行ったところで、夫は仕事があってそこでの社会があり、子どもはすぐになじんでいくだろうし、私だけ取り残されるのは目に見えています。そうならないために、移住するための私の条件として次のことを考えました。 「移民に優しい国であること」 つまり、語学学校の充実と、移民でも職が得られる社会なのか、ということ。張り切って移住したものの、移民に厳しい社会では心身ともに健康で生きていけませんから。その点、スウェーデンは多くの移民を受け入れていく社会で、成人向けの教育も充実していて、リカレント教育が盛んな国。しかも、幼児教育の思想や仕組みが、私の理想のもの。これは願ったり叶ったりだ、ということで移住を決意しました。 そして目標として次のことを掲げました。 「スウェーデンのプレスクール教師として働くこと」 決して楽な道のりではありません。 でも、持ち前のギラつく性分を最大限に生かしたチャレンジだと思います。

 

移住して3年が経ちました

2016年に移住して、もう3年になります。 現在このプロフィールを書いている2019年5月の私 ・スウェーデンのプレスクール1~3歳クラスに契約社員の保育士として勤務中 ・スウェーデン保育士養成コースの学生 ・日本女子大学 児童学科 通信課程在籍(今年は休学してますが) 3年でこの状況 色々な評価ができると思いますが、 当の本人は、「予定より半年早く職につけた!」と思っています。 狙いを定めてコツコツやってきたたまものだと自画自賛です。 職は得ましたが、まだ目標には届いていません。 アラフォー2児のママですが、まだまだこれからプロフィールをアップデートしてきます。 どうぞみなさんアラフォーで海外移住を決意した私の人生の行方を見守っていって下さい。

長々と読んでくださってありがとうございます。

♦移住当初から書いていたブログもあるので、移住当時の様子が知りたい方はそちらもどうぞ

 スウェーデン保育士養成・子育てリアル

コメント

タイトルとURLをコピーしました