スウェーデンのママ友と共感した2つのこと

生き方・考え方

スウェーデンへ家族で移住し、現地のプレスクールで保育士として働くアラフォーママです。

こちらに移住してきてすぐに、娘と同じ年の男の子を持つママ友ができました。移住当時住んでいた家のご近所さんで、今でも家族ぐるみのおつきあいをしています。

生まれも育ちも違うそのママ友と子育て観について

「それ、わかる〜〜!!」

と深く共感し合ったことが2つあります。

 

1、子どもにジェンダーを植えつけない                        2、世界を広く見渡して、自分の望む場所で生きていって欲しい

 

 

1、子どもにジェンダーを植えつけない

「男の子だから〇〇しなさい」

「女の子だから△△はだめ」

 

数年前、日本の商店街でガチャポンを見つけました。

「男の子用」「女の子用」と分かれていました。中味を見ると……「男の子用」はサッカーボールのキーホルダー、「女の子用」にはビーズのブレスレットなど、その仕分けには納得がいきました。

好みではないものが出るよりかは、あらかじめ男女別にしておいた方が、子どもたちの喜ぶ確立が上がるだろう、という親切心なのでしょう。

でもこれって、

明らかに意図的に作られた男女の区別。

いわゆるジェンダーってやつ。

他にも子ども服が、男の子は青や緑が多く、女の子は赤やピンクが多いのはジェンダーの代表的な例。

 

 

ママ友は息子とH&Mに行った時、彼がドレスを持ってきて、

「ママ、僕これが欲しい」

と言ってきたそうです。確かに彼女もギョッとしたようですが、断る理由に「女の子の服だから」は、ふさわしくないと考え、彼の気持ちを尊重して買ってあげたそうです。

我が家の娘はもっぱらフリフリスカートやワンピースが好きです。けれども、それは「女の子だから」と選んだわけではなく、彼女が好きで選んでいるのです。

私とそのママ友は共に、子どもに対して性別を引き合いに出して話をしません。

それは人生の早い段階で、というよりかは、人生において性別を意識して様々な選択をして欲しくないからです。

例えば、職業選択の場面。

「女医」だの「リケジョ」だのと言われるように、日本では理系=男性、女性=文系が根強く残っています。他にも士業に就く女性に対しては「女性○○」と形容されるように、専門性が高く、社会的地位の高い職業には男性が多いように感じます。

やはりそれは、社会に流れる

「女だからそんなに勉強しなくてもいい」

「女だからそんなに働かなくてもいい」

という空気のせいです。

そして、

幼い頃から「女の子だから」とカテゴライズされて育ってきた本人も、そんなものかと進学先から就職先まで選んでいくのです。

逆に男性は、得意でもないのに「男だから」という理由で、営業職をさせられたり、スキルもないのに管理職にさせられたり。苦しいのに「男だから耐えろ」と言われ続けて、最終的に病んでしまうのです。

 

 

スウェーデンは周知の通り男女平等社会だと思います。

けれども、彼女の勤める会社の部長や役員クラスのマネージャーはやはり男性が目立つそうです。そして彼女が意識して「男の子だから」と言わないようにしているところを考えると、先進的なスウェーデンにおいてもジェンダーは至る所にあって、それが様々な個人の選択の自由を奪っているのかと想像してしまいました。

そして保育士の学校でも、もちろんジェンダーを植えつけるような接し方はしないように指導されます。

 

 

 

2、世界を広く見渡して、自分の望む場所で生きていって欲しい

スウェーデンに移住しましたが、娘に一生スウェーデンに住んでいて欲しいとか、日本にもいつか帰って欲しいとか、そういうことは考えていません。

移民が多い国で、自分も移民として育ち、国籍、人種、宗教、文化、習慣がミックスされた状況で成長する。それが普通の環境で育ち、すいも甘いも経験できるその価値は計り知れません。

もちろんスウェーデンの至るところが、移民というわけではありません。生粋のスウェーデン人が多く住むエリアというのもあります。そこの住人らは高収入の家庭が多く、そして治安も良い。

子どもを育てる者として、治安の良さは気になるところだし、隣人は常識が通用する人であって欲しい。つまり自国民が多く住む方が安心ということです。

それについて反論はありません。

移民を受け入れる側の立場であれば、多くの人がそう思うでしょう。でも、私は受け入れてもらう立場なので、そういうエリアに住むことがベストかどうかは未知数です。

それよりも様々なバックボーンのクラスメイトと、議論を重視した教育の中で、スウェーデン語と英語を身につけて、本物の民主主義の社会で成長することのメリットが大きすぎると思います。


そんなことをママ友と共感し合ったのですが、イギリスのEU離脱や多くの国で国を閉じる方向に向かっているのは、私たちの想いと世界が逆の方向を向きつつあります。

特にイギリスのEU離脱は、人の自由な移動に対するNOの意思表示も含まれます。EUの移民に関する反応は、移民のその国への貢献度と受け取る社会保障の度合いと言えばいいのか、要するに市民としての役割を果たさない、果たせないことへの葛藤と捉えられると思います。

自分が移民になって生きてみて、常にその国に「住まわせてもらっている」という意識でいます。こうやって「スウェーデンが~」と語っていますが、それは日本社会を知っている日本人の私が、何か日本の力になれば、と思って書いているだけで、日々足りない言語力に申し訳なさを抱えて仕事をしています。

 

話を戻しますと、子どもたちには、移民か否かというよりも広い視点で世界を見て欲しいと思っています。世界には様々な国があって、きっとどこかの国、エリアでしっくりくる場所があることでしょう。

その時に、スウェーデンの多人種の環境は間違いなくプラスに働くと思っています。友達の〇〇ちゃんは中東出身、□□君はロシア人のルーツ、△△ちゃんはアジア出身、と世界の問題が「自分事」として考えられる。そんな友達に囲まれた子ども時代を多く人に過ごして欲しいと思っています。

日本も今、移民に関するニュースを目にする機会が増えました。移民(海外から日本、日本から海外)として生きるとはどういうことか、と考えるタイミングに日本は今きているんだと思います。

 

 

ジェンダーと移民

日本が今、直面している課題ですね。

この記事をきっかけに少し興味を持ってもらえたら嬉しいです。

 

 

 

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